【Beatles Short Story】本場イギリスで、あるご老人がBeatles好きの僕にこう言った

THE BEATLES Short Story2

このページを読みながら聴いてほしい一曲【Here Comes the Sun/ Abbey Road(7曲目)】

「好きなアーティストはいますか?」

と聞かれたら、誰と答えますか?

挙げたいと思うアーティストは心の中にいるでしょうか。

僕は、「THE BEATLESです。」と答えます。

彼らの皮肉っぷりや愛すべき想像には、随分と感銘を受けました。僕の80%は、彼らを元にしていると言っても過言ではありません。

学生の頃から、ずっとお世話になっています。当時、音楽バンドを組んでいましたが、メンバーは全員意図せず、もっとも好きなバンドにBeatlesを挙げる者が集まりました。

今思えば、そんな偶然は世界中にあふれているのでしょう。しかもBeatlesなんて、その可能性はよっぽど高い。

しかし、向かうところ恐れを知らない若者は、何だかとんでもない運命的なものが働いているのではないか、きっと彼らと同じように、自分たちも世界の基準を大きく変えてしまう巨大なエネルギーを持っているのではないか、そんな風に思ってしまったのです。

そんな青春時代も相まって、今でもBeatlesは大好きです。僕を構成する、とても大きな存在。

この「Beatles Short Story」カテゴリーは、そんな愛するBeatlesに関する小話や逸話、僕の体験談などを、僕が知り得る限りで皆さんにお伝えし、Beatlesの魅力を伝えていけたらなと思い、立ち上げたものです。

ぜひお暇な時間のお供として、読んでいただければ幸いです。

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20歳で向かった、THE BEATLESが生まれた国

さて、初回となる今回は、タイトルの通り『初めて向かったイギリスで出会った、あるご老人の一言について』です。

20歳のとき、高校時代からの友人2人とイギリスに向かいました。

ほんの5泊程度の短い旅行。

それでも、せっせとアルバイトをしてお金を貯め、なんとか航空代+20万円を手に、自分の稼ぎだけで初めて異国の島国へと向かったときには、何だか悪いことでもしているかのような、「一種の緊張感のようなもの」があったのを覚えています。

たしかBritish Airwaysで旅立ったような。

あれよあれよと10と数時間、ロンドンの玄関口ヒースロー空港に到着。おしりに限界を感じながらも、そんなことよりロンドンにたどり着いた高揚感が20歳の若者を刺激して放しません。

どんよりというにはまったく薄い、水色に淡い灰色を混ぜたような色合いの、古き良き街並みが残る霧の都は、まさに初めて見る光景でした。

よく楽曲には、そのアーティストの生まれた郷(さと)が映し出されると言います。生まれ育った環境や、育んだ感情を背景にして誕生した楽曲には、そのアーティストの故郷が映し出されるというわけです。

ご多分に漏れずBeatlesの楽曲も、「なるほど、この国にしてこの楽曲が生まれたのか」と納得がいく、やや憂いを帯びる街並みでした。

 

一人行動でアビーロードスタジオへ

beatles-Abbey-Road

【アビーロードスタジオ近くのストアで購入したホログラムポスター】

到着して2~3日は3人で行動を共にし、それから1日はそれぞれ別行動を取ったはずです。

僕はアビーロードスタジオを目指しました。Beatlesが往年のアルバムを制作した際に使用したスタジオ。

いざ行かんと言わんばかりに地下鉄ジュビリー線に乗り、しかし内心は本当にたどり着くのだろうかと不安で車内の手すりをつかみながら、なんとか目的地であるセント・ジョンズ・ウッド駅に降り立ったときにはすでに、やや緊張していたのを覚えています。

5分ほど歩いて到着したアビーロードスタジオや、その目の前に広がる、あの「横断歩道」は、あっけなく着いたわりには、胸を躍らせるのに十分過ぎるものでした。

誰もがそれをやるように、見知らぬ観光客と一緒に横断歩道で写真を撮り、ふむふむと感慨にふけっては、また別の観光客に「写真撮りましょうか?」と声をかけるのです。

スタジオの中には残念ながら入れないので、外観を楽しみつつ、ぐるりと周辺を散策して、近くのストアで3Dホログラムのポスターを手に入れ、そしてイヤホンからは『Across the Universe』を流して、「なにものも僕の世界は変えられない」なんてジョン・レノンの言葉を拝借しながら、無敵になった気分で帰路についたのでした。

ご老人とカフェでアフタヌーンティー

3人行動の際に今回のご老人に出会っているわけですが、とうの昔の話で、どうにも出会いのシーンを思い出せません。もっといえば、背格好や名前すらもう記憶にない。

ただ、後日カフェに行く約束を交わしたのだけは、ぼんやりと記憶があります。

「○○日○○駅の前で〇時に。OK?」確かそんなことを言われ
「OK、スィーユーアゲイン」とやや発音を良くして返したはずです。気の利いた言葉一つ言えない。

初めてのロンドンで、初めて出会った言葉の通じない相手と先々の予定を組むというのは、ひどく曖昧で、それでいてまったく危うさのない綱渡りをしているようなものでした。危険をちょっとでも感じたら、その綱からぴょんと飛び降りてしまえば良いわけですから。やっぱり良いやと思ったら、行かなければ良い。

にもかかわらず、行くという選択肢を選んだのは、若さゆえでしょうか。

いずれにせよ、老人と出会い、約束を交わして、そして最終日間近、ご老人との待ち合わせのために、駅へと向かいました。

拙い英語力でありながらも、「アフタヌーンティー」という英国の文化に触れ、談笑していると、ああ来てよかったなと思うわけです。異国の地で異国の文化や人の優しさに触れるということが、人生においてどれほどの価値があることか。スロウリーに話してくれる英国紳士に、嬉しくなったのを覚えています。

それからほどなくして、やはり当然と言いますか、「どこへ行った?何を見た?」という話になりました。

僕はもちろん、アビーロードスタジオに行った話を始めます。

「アビーロードスタジオに行ったんだよ。ともかく感動した。あのBeatlesがここでアルバム制作をし、ジャケット撮影をしたんだと思うと、胸が高鳴った。僕はBeatlesと同じ景色を見たんだ。」そんなようなことを言ったと思います。

すると、「そうか、きみはBeatlesが好きなんだね」と老人が相槌を打ちます。僕はその返答に困り、違和感を覚えました。何かが引っかかる言い方だ。まさか、と。

「あなたはBeatlesが好きではない?」と恐る恐る聞いてみると、ご老人ははっきりと

「嫌いだね」

と答えました。

…その一言に僕は衝撃を受けました。嘘だろう?と。これほど世界中に影響を及ぼした自国のアーティストを、好きではないならまだしも、嫌いだとはっきり言い切る精神が信じられませんでした。

やっぱり気の利いた一言は言えず、「リアリー?」を連発していたと思います。

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THE BEATLESとは

ご老人とお茶をして、多少心に傷を負わされたまま、あえなく帰国してから、少し冷静になって考えたことがあります。

僕は妄信するあまり、Beatlesは誰もが好きだと勘違いしていました。「誰もが」は言い過ぎだとしても、それがBeatles誕生の地なら、嫌いな人はいないだろうと。

それが撃沈されたわけです。Beatlesって、そこまでじゃないんだ、と。

ただ、ご老人は嫌いと放ったあとに、こう続けました。

「歌詞は好きだ。特にHere Comes the Sunは聴いていて幸せになる」



やはりBeatlesも、何百何千といるアーティストの一つでしかありません。好きな人もいれば、嫌いな人もいる。Beatlesでも、すべての根底を覆して、すべてを同じ気持ちにすることはかないませんでした。

ただ、イギリスのご老人のように、歩んでいく人生の中でいくつかの経験をしたとき、あるときふとBeatlesの歌詞に思わず共感してしまったり、そのメロディにちょっとセンチメンタルになったりするときがくるのかもしれません。

Beatlesが、Beatles以上の存在になることはなくとも、Beatles以上のつながりや発見のきっかけになってくれることはあるのかもしれません。

僕のキャッチコピーである「思わず共感してしまう文章を。」は、ここから着想を得ました。僕の書いた文章が、Beatlesと同じように、誰かと誰かのつながりや、発見につながってくれれば、これ以上ない幸せです。

それからまた、僕はBeatlesがより一層好きになりました。今でも、何かを思い出しては、Beatlesを聴いています。




さて、初回ということで、僕のBeatlesエピソードをお伝えしました。また次回以降、Beatlesの魅力を、できる限りお伝えできたらなと思います。ぜひお時間あれば、お付き合いください。



ちなみに、ご老人がBeatlesを嫌いになった理由は覚えていません。それまではエルヴィスのようなロッカーが主流だったから、マッシュルームが嫌いだったのか…もしくはショックで理由は聞けなかったのかも。

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